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ドイツ生活

ウクライナの天使

 

ウクライナ人の友人たちとのデュッセルドルフでの再会続きです。

 

次の日の朝、タチアナとリュボとテラスでブランチ。

 

朝から暑い日でしたが午前中の日陰は気持ち良かった。

 

そうすると、蜂さんが私たちのテーブルに群がり始めました(笑)

蜂さんは甘いものが大好きですが、1匹の蜂はなんと生ハムにくっついたまま離れません(笑)

 

これにリュボが「この蜂、肉食べとる。蜂が肉食べるん知らんかった」っていうので「ホンマ、確かにそうやなー」ってみんなでその蜂さんを観察。

 

その後、蜂がこれ以上群がらないようナプキンで食べ物に蓋をしたのでした(笑)

 

蜂さんと戦ってる(笑) 目が本気(笑)

 

 

 

タチアナの透き通った青い瞳が素敵すぎて見とれてしまう。

私はタチアナの金髪も大好き😍

 

朝食の後、部屋でリュボと部屋探しをしました。

ジョブセンターは市によって部屋の大きさ、家賃に上限を出していてそれ以上は支払われません。

それに従って探すのですがなかなかないです。調べていくうちに判明したのですがその制限は2020年から改正されていません。

どんどん家賃が上がっているのに上限を改正しないのもどうなものか。

上限の部屋の大きさに比べて上限金額が低すぎる。

 

 

その後、昨日からリュボが一緒に行こうと言ってくれていた旧市街とライン川沿いに行くことに。

 

その前に3人で記念撮影。

ポーランド人のモーテルのオーナーさんに撮ってもらいました。

 

 

さて旧市街に行きましょう。

 

デュッセルドルフは日本企業も多く進出する商業都市ですが、旧市街はドイツらしく素敵なロマンチックな建物が多かったです。😍

 

ラートハウス(市庁舎)😍

1500年代の建物!すご!時計塔が素敵!

 

市庁舎前にはウクライナの国旗が!

 

マルクト広場

ヨハン・ヴィルヘルム公乗馬像

 

そしてライン川😍

 

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続く

ウクライナ避難民と日本食レストランに行きました~後編

 

ウクライナ避難民の友人とやってきた「北海道キッチンゼロ番地」さん。

 

いろんな種類が注文できる居酒屋さん風のレストラン。

お寿司やラーメンやたこ焼きとか、コロッケとか焼き鳥とかいろいろありました。

 

 

ひんやり冷えたウーロン茶が気持ち良かったし。

お手拭きがあるのも日本みたい。

 

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ラーメンはリュボが気に入っていました。



 

こちら有名で並ぶお店のTakumiさん。

私たちが見た時も道端まで行列できてました😮一時間待ちって店員さんが言ってました。

でも、Takumiさんベルリンにもあるんです。が、私は行ったことなくて。

聞くところによるとデュッセルドルフが一番美味しいとか。

 

 

これ、何かな・・・って3人で話してたら・・・ホテルでした。

 


デュッセルドルフの地下鉄。
8月は9ユーロチケットで乗り放題でした🤗

やっぱり良かったな、9ユーロチケット。

ウクライナ避難民と日本食レストランに行きました

 

夜はウクライナ避難民のタチアナとリュボとデュッセルドルフ日本食レストランに行くことにしました。

 

タチアナはレストランと聞いて花柄のワンピースにアイロンを当て始めました(笑)

そんなおしゃれしなくてもカジュアルなレストランよ~😅

でもそんな姿がなんともかわいい🤗

 

私はあまりの暑さにノースリーブのワンピースに履き替え。

猛暑になること分かってたから着替えは持ってきててよかった。

 

リュボは滞在1か月にしては驚くほどに地下鉄やトラムの路線を把握しています。

なのでほとんど彼に任せてました(笑)

滞在ホテルの前にはトラムとシュタットバーンという地下鉄が通っていて便利。

でも音がうるさすぎて良く寝れないのが難点。

実は私もあまりよく寝れませんでした😕

2人はこの騒音に慣れる事が出来るのか。

 

日本食レストランはリトル東京と言われる中心部に集まっています。

リュボの提案でケーニッヒスアレーを歩いてから行こうということでしばらく散歩することに。

 

アイロン当てたての花柄のワンピースの美女と花畑の前で😍

 

ケーニッヒスアレーには高級店が並ぶ

 

なんとガチョウさんが高級店街を行進してました🤣

このガチョウさんはベルリンでは見かけません。ニュールンベルクでもこの大きさのガチョウを見かけました。

 

しばらく道に迷ったけど無事インマーマンストラッセに着きました!

この辺りに日本のお店やレストランが多くあります。

 

さっそく日本食レストランが何軒か見えます。

わ~、すごいすごい。

あまりに話すのと見るのに夢中で写真数少ないけど書店や日本語で書かれた看板やら、いろんな種類のレストランがありました!

まさにパラダイス!

デュッセルドルフに住んでいる日本人の方々、いいですね~♪

リュボよ、ありがとう、このようなパラダイスに私を引き寄せてくれて😍

 

レストランはドイツ人が並ぶほどの人気の匠1号店に行きたかったのですが、やはりめちゃくちゃ並んでた!!土曜日の夜やばいですね。

ちなみにこの匠さん、ベルリンにもあります。が、デュッセルドルフが一番美味しいと言われています。

1時間以上待ちで入る頃には閉店になるかもしれないと言われたので他の店を物色。

ベルリンと違いどこの店も店員さんがみんな日本人なので話しやすいのも嬉しい。

 

で「北海道キッチンゼロ番地」さんに入りました。

お寿司だけじゃなくてラーメンとかたこ焼きとかも頼めるのが嬉しい。日本のビールもあって居酒屋さん風のお店。

 

夜9時前でもドイツの夏は明るいです。

テラス席に座りました。

 

一生懸命、お箸の持ち方を練習する二人。愛おしい💗


日本では子供もお箸を持つのって話になってうちの3歳の甥っ子が偶然豆を二つ箸で持った写真を見せたら「かわい~~~」と、甥っ子も褒めてくれました😊←叔母バカ

 

しばらくするとリュボの顔色が急にこわばりました。

どうしたのかと思えば、ロシア語らしき言語が近くから聞こえてきました。

何と隣の席にロシア人と思われる男性2人が座ってきたのです。

さっきまで明るかった2人の顔が急に暗くなります。

席を変えよう、と提案しますが「大丈夫」と。

いや、大丈夫じゃない、と判断した私は店内の席に移動できるよう頼みました。

店内いっぱいでしばらく待たないといけなかったけど、移動できました😃

 

続く

 

デュッセルドルフVlogも作りました。

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デュッセルドルフの天使~ウクライナ避難民のドイツの対応

ウクライナ人のタチアナもリュボも2人ともとてもキュートで可愛くて滞在中は癒されまくりでした。

 

こんな天使みたいな人たちが世の中に存在するのかと思うくらい。

 

こんな心の綺麗な人たちがなんで戦争に巻き込まれなければいけないのか。

 

一般人を巻き込むこんな醜く意味のない戦争は一刻も早く終わらせるべき!!

 

プーチンカンプンは誰かが暗殺してくれないかなー。

 

で、デュッセルドルフと言えばドイツの日本です。

せっかく来るのだから日本食レストラン行ったり日本のお店にも、と思ってたけど結果日本食レストランに行く時間しかなかった😅

 

さて、彼らはデュッセルドルフに来てからすぐに手続きを開始しました。

が、はじめは思うように難民登録できませんでした。

ただ来ただけでは難しくなっていたようで、Airbnbの提供する30日間のホテル滞在中に今後の滞在先を確保しなければ難民登録が出来ない!って!!

は??

で、いろいろ調べてネットで手続きが出来るフォーマットを送ったり、うちのアパートに住んでいるウクライナ人がリュボ達とコンタクトとろうか、と言ってくれたので連絡先を交換したり。リュボ達も自分で何とかいろいろ手続きをして、何が良かったのか分からないけどいつの間にか難民登録が出来たのでした。

 

ほっ!

 

良かった~。

 

デュッセルドルフが難しければ他の町に行くことも検討していた中、無事に難民登録出来ました。

その後は事がトントンと進みました。

難民登録できたので月々、生活支援金ももらえます。

なので同時に銀行口座も開設。

健康保険にも入れたようです。

 

私が事前にプリントアウトしておいた書類はほとんどジョブセンター、インフォセンターなどが通訳を通じて手続きを行っていました。

ドイツ凄いわ。

日本は避難民を呼ぶための保証人とやらが必要で入国までが困難でそう簡単に日本入りできません。

 

WBSの書類を一緒に記入していこうと思ってたけどそれもちゃんと作成してあってびっくり。普通はセットで必要な収入証明はありません。

収入証明の書類も用意して行ったけど避難民は収入ないし必要ないから作成しなくてもいいのかと思い、記入はせずにリュボ達に渡しておきました。

 

リュボ達はパソコンがないと言ってたので私はベルリンからノートパソコンを持って行きました。

ホテルにはWi-Fiがないのでホットスポットを使ってネットをつなぎます。

情報収集や部屋探し一緒にします。部屋探しに役立つ不動産などの情報はある程度調べておきました。この不動産会社など会社の情報はジョブセンターからプリントしてもらったのをリュボ達は持っていました。それらの会社に直接行って事情を話したけどすべて断られたとの事。

いやー、これはドイツでは普通の事です。

普通のドイツ人でも部屋探しは大変。収入のない避難民は尚更難しい。

そのことは彼らには何度も話しましたが、それでも運を信じて探しまくるしかありません。

イーベイ、イモスカウトなどリュボは驚くほどに自分でいろんなところにコンタクトを取っていて感心しました。

それでも返事がない、と落ち込んだ様子に共感。

 

Airbnb提供のホテルは想像してたより良くてなんと4つ星滞在型ホテルでびっくり。

 

快適に過ごせていたようです。

朝食はホテルで取れたようでかなり良いと絶賛してました。

 

新しい滞在先はホテルというかモーテル。

私も滞在中このモーテルに滞在しました。

他の部屋もすべてウクライナ避難民の滞在先として使われていました。

このモーテルはレストランもしていて朝食はレストランのキッチンが使え自分たちで調理が出来ました。

経営者はポーランド人で言葉が通じるとの事。

それって心強いですよね。

 

タチアナがジュースやお昼ごはんとして提供された菓子パンや野菜のカットされたものを食べないかって差し出してくれます。

 

なんだか申し訳ないよー。避難民の方からものを頂いてしまうなんて。

 

と言いながらちゃっかり頂きました😅

 

リュボもタチアナも私をよく褒めてくれます。

褒められて悪い気になる人はいないですよね。私も2人をどんどん褒めます。

タチアナの青い瞳がビー玉のようでなんて素敵!

金髪、綺麗だね!大好き!

リュボの緑の瞳とってもきれい!

長くふさふさのまつ毛素敵すぎ!

私には髪が綺麗だねと言ってくれたり、肌が柔らかくて心地良いと言ってくれたり、笑顔が素敵と言ってくれたり、服が素敵と言ってくれたり。

普段、褒められることのない人間の私、調子に乗るよ🤣

 

せっかくだから外に行こうととリュボが誘ってくれました。

植物園とライン川どっちがいい?って。

夜に日本食レストランに行くので近いほうにしようって事になって植物園にしました。

タチアナはホテルに残るってことでリュボと私は2人でデート💖

 

 

 

 

 

リュボかわいい💖

 

暑すぎて汗だくなのでした🌞😅

 

でもそんな事より楽しかったです✨

 

リュボありがとう💖✨

 

9ユーロチケットでシュプレーヴァルト

さあさあ、出来るだけ9ユーロチケットをフル活用していきますよ。

この夏、かなりアクティブに活動しています。

 

 

 

Spreewaldシュプレーヴァル、リューベナウはベルリンとドレスデンの間にあります。車で行くと便利ですが今回は9ユーロチケットで行きました。

 

ここの観光名物は小舟。

 

以前来たときはカヌーをしましたが今回は町を歩いて小舟は見るだけにしました。

 

 

 

公園を歩きます。

 

公園の中に森を通る入口がありました。

 

キャンプ場を発見。

 

リューベナウの町並み。

 

リュボの合唱団インタビュー

 

ウクライナ人のリュボが先週デュッセルドルフの少年合唱団の一つ、Düsseldorfer Jungenchorの見学に行き、今日の練習でテレビインタビューを受けました!!

 

すごない?

 



明日(日本時間は今日)、テレビ放送されます。

試しましたが日本からもネットで見れそうです☆

 

8月23日19時30分ドイツ時間

 

WDR西ドイツ放送

www1.wdr.de

右がリュボ

もう一つ、デュッセルドルフにはAll-boys choirというのがあり、そこは指揮者がウクライナ人でリュボはどちらかと言えばそちらに入りたいと思っているそう。

 

見学練習はまだですがウクライナ人の指揮者だといろいろ分かり合える部分もあるでしょう😊

 

今日のDüsseldorfer Jungenchorのインタビューではロシア人の女の子が2人、通訳として来てくれたそうです。

リュボはロシア語は理解できますが、話すことは出来ず、ロシア人の女の子たちはウクライナ語は理解できないので難しかったようです。

ウクライナ人とロシア人、そのロシア人の女の子たちはリュボにひどい扱いはしなかったそうです。

 

自分で色々と考え、行動するリュボ。

避難民としてドイツに来てから常にアクティブに行動していて素晴らしいです🤗

 

デュッセルドルフの天使

私の9ユーロチケットの旅はまだまだ続きます。

今回はウクライナ人の友人を訪ねてデュッセルドルフに行きました。

ウクライナキエフから避難してきた母親のタチアナと息子のリュボ。

 

9ユーロチケットを使ったのは復路だけ。

往路は初めてフリックストレインを使ってみました。

悪くなかったです。数分の遅延で済ました。

 

デュッセルドルフの駅、とんでもなかった。すごい人、人、人。

こんな中でウクライナ人の二人を探すのは無理!ワォーリーを探すよりムズい!

着いたらさっそくリュボが、今dm前にいるよ~、ネームボード持って立ってるよ~、とメッセージくれました。

プラットフォームにまだいた私はdmってことは下かーと思いながら人をかき分けながらウロウロ。

その後すぐに電話をしてくれて「dmの前だよ、僕たちが分かるかな」。

彼は他にも何か言ってるけど周りの人の声と雑音でかき消されて何言ってるのか分からない。とりあえず電話を切る。そしたらネームボード持ってる自分の姿の写メを送ってきてくれた(笑)

私は人でぎゅうぎゅうのプラットフォームから下に降りる。

でも私、dmがどこにあるんか分からん。たまたま目についたマクドナルド前にいるよ~とメッセージするとマクドナルドまで来てくれると。

マクドナルドに来た、とメッセージが。

しかしすごい人で二人がどこにいるんか分からん。

これ、ベルリンの駅より酷いよ。

見渡すと何故か二人の後ろ姿であれだ!と確信しました。ネームボードを持って待ってくれてたけど後ろからは見えなかった😅

 

なにわともあれ無事会えました👌✨

 

ほっ。

 

そしたら思いかけずウクライナからわざわざ持ってきたというプレゼントを頂いてしまいました😮 そしてウクライナのシンボルひまわりも!

民族衣装って素敵なんですよね。

こんなに大きいのウクライナからの荷物に場所を取っただろうに。

 

最近めちゃくちゃ暑くてこの週末もデュッセルドルフは33度越えでこのひまわりのように太陽がガンガンと輝いていました🌞🌞🌞🌞

 

まずは彼らが先週から住み始めたモーテルへ移動。

私も同じモーテルを予約しました。

そのほうが時間を無駄にせずにすみますからね。結果的に同じモーテルにしてめちゃくちゃ良かったです。

 

17時からチェックインなのでそれまで荷物をリュボ達の部屋に置かせてもらって、書類の確認をしていきます。

今回来たのは主にそのためですからね。

 

ここで彼らがデュッセルドルフに来るまでの経緯を説明します。

私が3月4月に帰国中、リュボたちは日本に避難することも考えていたことがあり色々調べましたが保証人とやらが必要で色々ややこしいことが判明しました。

かなりたくさんの書類提出、確認が必要で避難民、保証人とも来る前から疲れ果ててしまいそうなくらいのややこしさだな、と感じました。

それに加えて遠い日本に行ったものの思うような待遇でなかったり、問題が起こっても簡単にはウクライナに帰れません。

私の友人の知り合いの方が保証人となりもうすぐ日本に行くとこまで行っていましたが考えた挙句、日本に行くのは覚悟が大きすぎるとの事で達成されませんでした。

保証人になることを受け入れた友人の知り合いの方の努力には脱帽です。

かなり大変だったはず。

 

その分EU内は保証人など要らずただ行けばいいだけ。

ウクライナからも日本ほど離れていません。

彼らは戦争が始まった当初はキエフの自宅にいてそれは不安な生活を強いられていました。

時々、自宅から外の景色や拍発音の音などの写メを送ってくれていました。

その後、お姉さん、2歳の甥っ子も一緒に4人でウクライナの各地を転々と移動していった後、戦争が始まる数年前にすでに避難した親戚がいるイタリアに飛びました。

ミラノの親戚宅は小さく居候は出来ず、自分たちのためのホテルをロゼットという町に見つけます。

生活に必要な物資をもらえたそうですが金銭的な支援は一切なく、段々持ち金がなくなってきました。

それでドイツのことを色々聞いてくるようになり、主人と色々調べたり、会社帰りにウクライナ人の最初の駅となるテーゲル空港に直接行ってどんなことしてるのか調査に行ったりある程度の情報収集しました。

 

しかし住居が最大の難関です。5月はドイツにウクライナ人がすでに多く来ており、ベルリンは避難民の部屋はもうなく、どこか別の地域へ送られます。

でもその別の地域ももうなくなってきていました。

なんせドイツではドイツ人でも新たに住居を見つけることはかなーーーり困難です。

 

部屋提供の手伝いをするボランティアの存在を知りリュボにそのことを伝えるとそこから他のボランティア団体も見つけて自分でいろんなところに連絡を取っていたようです。

それでairbnbの提供するデュッセルドルフのホテルに30日間無料滞在できる権利を取得!!

やった!

 

イタリアに1か月いたのちドイツに避難することになりました。

お姉さんと2歳の甥っ子はポーランドに避難、タチアナとリュボはドイツに避難することになりました。

 

ロゼットから飛行機でドイツのヴェーツェ空港という辺鄙な空港に到着。

LCCなのでそうなったようですが、このヴェーツェ空港からデュッセルドルフまで遠っ!

その時の様子を写メしてくれました。

凄く疲れた顔の2人。大丈夫かな。

バスを4回くらい乗り継いでくたくたになってやっとデュッセルドルフに着いてもうすでにホテルにいると連絡が着ました。

私も安心しました。