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ドイツの生活

~私のエスコラニア~スペイン、カタルーニャに行ってきました☆Part21

エスラニアの卒業式の次の日、バルセロナカタルーニャ音楽堂でのコンサートのため、再びバルセロナへ旅立ちました。

滞在はたったの3日。

今回はセキュリティチェックで待つことなく、すんなりとチェックを済ます事ができ、免税店で充分の時間がありました。

特に何か買うというでもないが新空港の免税店、ちょっと見ていきました。

 

しかし離陸はまた30分ほど遅れる。

コンサートは同日の夜20時からだったのでフライトが遅れるのはちょっと焦る。

しかもまた手荷物受取のターンテーブルがなかなか動かない・・・。

何とか手荷物を受け取って今回はバスで市内へ移動。

前回、ぼったくりタクシーにあったので警戒していました。

バス乗り場付近にはまたたくさんの客引きらしき人たちがいました。

でも今回はそれを無視してまっすぐバスの方へ進みましたよ!

今回復路は午後の明るい時間だったのでバスの中で運転手から直接、往復チケットを購入しました。

前回は復路がまだ暗い早朝だったのでタクシーにしたのでした。

 

今回ホテルはカタルーニャ広場付近にしました。

カタルーニャ音楽堂はここから遠くないので。

そして空港バスも通っているので便利。

 

5月は肌寒いくらいだったけど6月終わりはじっとりとした暑さになっていました。

日本ほどではないけどベルリンより湿度が高い。

べっとり汗をかいてしまったのでコンサートの前にシャワーを浴びてさっぱりすることにしました。

そして今回のホテル、シャワー付きの部屋と思ってたけど共同だった。

まあいいや・・・。

部屋めっちゃ小さくてクーラーなし。そして道路に面してるのでめちゃくちゃうるさい。

でもホテルのオーナーさんたちはいい人ばかりで、またいろんなこと助けてもらったのでした。

 

18時半ごろカタルーニャ音楽堂に着きました。

 コンサートは20時からで1時間前の19時に開場。

ということで軽食をとる事にしました。

朝食以降、何も食べてなかったので腹ごしらえ。

カタルーニャ音楽堂の入り口にあるカフェでサンドイッチとミニクロワッサンとコーヒーを頂きました。

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カタルーニャ音楽堂の入り口に会ったデジタルポスター

 そして19時開場にもう中へ入りました。

このコンサートホールは世界遺産になっているので中もじっくり見たかったのです。

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夏と太陽と良い気分

週末は義父母のところに行っていました。

ニーダーザクセンの田舎。

いつもはハノーファーを経由していくが今回は渋滞のため、ナビがハンブルク経由を示しました。なのでナビ通り進む。

しか~し、しか~し、これが長かった!長すぎた!

いつもは3時間半くらいで着くのに、今回6時間近くかかった!

しかもナビの案内より1時間半くらい長くかかった・・・。疲れた。

運転するんは主人だが。ご苦労様。

でもまあ、いつもと違う道を通るので違う景色を見れたのは面白かった。

ハンブルクを通るので海に近く、カモメの鳴き声が聞こえたり海の香りもした。

 

義父母のお家は田舎なので家が大きく庭がめちゃくちゃ広い。

なんせ冬はここでクリスマスマーケットもしちゃうのだから。

このクリスマスマーケットの話はまた今度。

今は夏なのでお義母さんが育ててる花が美しく咲き誇ってました。

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そしてお庭には果物。

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ビビと申します↓

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アスランです↓

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そしてグリル。

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~私のエスコラニア~スペイン、カタルーニャに行ってきました☆Part20

ベルリンに帰ってきて、またオンラインでエスラニアを聞く日が続きました。

O君が卒業するまで1か月ありました。

その1か月はモンセラートに行く前までの感覚とまた違う感覚になってました。

実際に見た子たちが画面に映っている。

この間まで目の前にいたO君が画面に映っている。

 

6月はミサがない日が多かったので5月に行っておいて良かった。

 

私が帰ってきて3日目のお昼のミサで、O君はオルガン伴奏をしました。

あーーーー、もしかしてこの間、教会で夜に練習してたやつ??

そうだーーー!!すごっ!

私がモンセラートにいた時、夜のミサの後、O君は真っ暗の教会でオルガンの練習をし始めて、私はそれも聞いたのです!ラッキーでした♡

 

この演奏です↓

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「今日聞いたよ!あの時練習してたやつだね。すっごく良かったよ!」ってメッセージしたら💗マークが帰ってきて、ありがとうって返信がありました。

オルガンが奏でる音色がOくんの人間性を表しているよう。

O君、何でも出来る。何をやっても完璧。

 

卒業までの週末はO君と連絡をとる日々。

土曜の夜には彼はモンセラートに戻るのでそれ以降は連絡取りにくくなります。

土曜のやり取りの夜、『明日、日曜日はまたO君は白黒の衣装を着て歌うんだな』って思うと楽しみの数週間が続きました。

そういう楽しみを味わえたので5月に行っておいて良かった。

6月に行っていたら、卒業してそれで終わり、でした。

5月に行ったので卒業まで1か月の時間があり、その間O君と連絡取りあったり、オンラインでO君の姿を見て嬉しくなる時間が出来ました。

明日も姿を見るの楽しみだな、お昼のミサはあと何回しかない、とかあと何日で卒業だな、とかそういう感情に浸りながら。

そして、まさかこのO君と連絡取りあえる関係になれるとは、と嬉しく思いながら。

Pに怒られたから卒業するまでは秘密のやり取りでした。

画面の中にいるO君の姿を見ながら、私たち秘密で連絡取り合ってるんだな、何ともない振りしちゃって、こりゃ、なんて思いながら(笑)

 

卒業まで華やかに才能を発揮したO君。

なんと、6月半ばからあったオーケストラとの演奏旅行でソリスト席でソロを歌ったのです!!!!

ハイドンの『大オルガン・ミサ 変ホ短調』。

ソプラノ、アルト、テノール、バスの独唱と4部合唱。

そしてオーケストラとオルガン。

独唱のソプラノとアルトは女声ではなくエスラニアの少年たち、テノールとバスも元エスラニア団員という素晴らしい構成!!!!

そのアルトをO君が独唱しました。

ソリスト席に座ってなんて素晴らしい光景!

本当に最後の最後まで華やかに活躍するO君を素晴らしすぎると思うと同時に誇らしく思いました。

 しかもバルセロナのコンサートホールは「カタルーニャ音楽堂」という世界遺産になっているコンサートホール。

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て、ことでこれを逃したら一生後悔すると思ったのでまたバルセロナに行ってきました。

M達もそこで歌ったことがあります。家に写真が飾ってありました。

 

forktospoon.hatenablog.com

 そんな由緒あるコンサートホールでソリスト席に座って歌うのです。

これは行かないわけにはいきません。

 

コンサート前日に最後のミサと卒業式がモンセラートでありました。

もう本当にこれが最後のミサ。後はない。

前から覚悟していたのと、次の日にバルセロナに行くのとで案外落ち着て見る事が出来ました。

卒業式は例年通り、しんみりしたムードで行われ涙を誘います。

O君も職員の人や下級生と握手をするとき目をぬぐっていました。

下級生も泣いていました。

 

 卒業式の様子↓

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いつもかっこいいな、と思って見ていた最上級生がいなくなるのはやっぱり寂しいな

 

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実はこの卒業式、18年前に行ったことがあります。

その時はご厚意で祭壇の席に座らせてもらったのです。

 

forktospoon.hatenablog.com

~私のエスコラニア~スペイン、カタルーニャに行ってきました☆Part19

M達と最後の日にふさわしい、暖かな家族との素敵な夜を過ごした後、次の日の早朝ベルリンへ帰ります。

ホテルに帰ったのが夜中1時半ごろで4時半には起きたかったのでほとんど寝てません。

朝7時のフライトだったので早朝5時にタクシーをホテルに呼んでもらい、空港へ。

バルセロナの5月の朝5時はまだ暗い。

ちなみにベルリンはバルセロナより日が明けるのが早く4時ごろに徐々に明るくなり始めます。

でも日没はそんなに変わらないです。

無口だけど優しい運転手さんに荷物を下ろしてもらい、空港内へ。

またチェックがあります。

まず入ったところで、フライト予約の確認。

予約がないと空港内に入れないよう。混雑を避けるためかな。

チェックインカウンターで荷物を預けて、コロナテストの結果を確認してもらう。(←実はよく覚えてない。ここで確認があったような)

ちなみにスペインからドイツへはPCR検査ではなく抗原検査で大丈夫だったのでそうしました。料金も抗原検査のほうが安いので。

セキュリティーチェックを受けてセキュリティーエリアに入ります。

が、朝が早いのでまだ免税店などが開いてません。

 

広い空港内を歩いていると日の出の景色に出くわしました。

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今回の旅行、いろいろありましたが、でも今までのカタロニアの旅行のようにたくさんの人の優しさに触れる事が出来る旅になりました。

 

エスラニアを久しぶりに聞けて本当に嬉しかった。

O君のソロが3回も聞けて本当に行って良かった。

O君に、この日の出の写メと共に、行って良かったこと、会えて良かったこと、等メッセージしました。

「気を付けて帰ってね。またカタロニアに来ることがあったら教えてね」という返信に

また温かい気持ちになりました。

 

14歳という一番きれいな時期のO君の姿を見る事が出来てよかった。

中性的でしぐさや行動も、肉眼でもやっぱりしなやかで美しかった。

O君の歌声は今がボーイソプラノの頂点の時期で、それを実際に見て聞けて良かった。

そんなO君とアイコンタクトやトイレ事件など一生忘れない出来事が起こるとは思いもしなかった。

素敵な思い出を私に残してくれてありがとう。

 

エスラニアが何百年も毎日歌う「ビロライ」↓

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復路はキャリーケースを預けていたのでベルリンの新しい空港でピックアップする必要がありました。

ターンテーブルがいつになっても動く気配がありません・・・。

他の人たちもみんなハラハラした様子。

結局30分以上待ってやっとターンテーブルが動き始めました。

そしてなんと運よく一番初めに私の荷物が出てきました☆こんなことってめったにない!

 

主人が空港まで迎えに来てくれ帰宅。感謝。

5月の終わり、ベルリンはカタルーニャよりずいぶん寒いな、と思いました。

しかしその数日後、ベルリンに猛暑が襲ってきたのでした。

 

MやC夫婦と帰ってきたよメッセージのやり取りをして、またあったかい気持ちになるのでした。

 

~私のエスコラニア~スペイン、カタルーニャに行ってきました☆Part18

海辺のバーからMの家へみんなで移動します。

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MRは大学の準備のため帰宅。そして15歳の妹のLは若者らしくパーティーがあるということでパーティに向かいました。

JRが男の子は何人いるの?男の子はだめだよ!、と娘を心配する様子(笑)

でも娘を信じている感が伝わってきました。

ちなみにLは夜中の0時半でもまだ帰宅してなかったのでスペインでは15歳はもう門限とかなく、ほとんど大人として扱われるのかな。

 

 M達は18年前住んでいた家の向かい側の家に引っ越していました。

その事については15年ほど前に聞いていました。

リビングルームに入ると、20年前に私がお土産として渡した明珍火箸が今もかけてありました。

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今も大事に使ってくれていて本当に嬉しい!

今もきれいな音色を奏でている。

そういえばMが年末に「君のことを毎日思い出すよ」とこの明珍火箸を写メしてきたっけ(笑)

 

リビングルームには今もMのエスラニア時代の功績が飾られています。

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真ん中は世界遺産カタルーニャ音楽堂でのコンサート。

エスラニア時代はたったの4年だったけど、彼の中でとても大きな4年だったんだと感じる。

10歳から14歳までのとても感受性の強い年頃にエスラニアで過ごしました。

普通の少年のように家で過ごし、親にすべてしてもらい、休みも多く自分の好きな事が出来る生活ではなかったです。

Mの時代は月曜から日曜まで毎日歌っていました。

唯一、日曜の朝のミサの後フリータイムがあり、その時家に帰りましたがその日の夜にはまたエスラニアに帰っていました。

それだけエスラニアに貢献していました。

普段の一日2回のミサの他、コンサートがあり、そのコンサートもヨーロッパ内もあればアメリカやアジア、日本にも来ました。

普通の少年では体験できないことをたくさん体験でき、トップクラスの音楽教育を受けれたことは間違いないです。

そしてたくさんの人に出会い、刺激を受け、貴重な体験をしてきたことでしょう。



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セガーラ神父の直筆

 

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この写真、私も20年前にコピーをもらって家に飾ってる

 

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来日前にみんな日本語で書かれたマグカップをもらったらしい

 

www.youtube.comMの時代に近い響きを持っていた時代のエスラニアの歌声。



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Mがピアノを披露してくれました☆

 

そうこうしているうちに、ごはん食べて行かない?ってことになり22時ごろだったのかな、みんなでご飯の支度が始まりました。

スペインはごはんが遅いんです。

お昼は14時頃、夜は早くても20時頃から。

キッチンは人でいっぱい。

Mは率先してキッチンで用意したりテーブル周りが揃っているか確認したり。

旦那様には最適です♡

いやいや、ただそう思っただけですよ。

私は今回はちゃんとカタロニアのキッチンを見たかったけど、JRにつかまって彼の話を永遠と聞く羽目に(笑)

私に話す隙を与えないくらい、ほんとにとめどなく話す面白い人。

 

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チーズ盛り!モンセラートで買ったという真ん中のチーズめちゃくちゃ美味しかった!

チーズ大好きなんです!

このモンセラートのマーケットで買ったというチーズ、知っていれば買って帰ったな。でも冷蔵庫がないと長期保存できないから今回はどうせ無理だったか。

モンセラートから即ベルリンに戻るというのなら夏以外だと大丈夫かも。

一番向こうにあるチーズはアルディ(Aldi)のチーズ(笑)

アルディはドイツのディスカウントスーパーマーケットでスペインにも進出しています。

もしかしたら他のEU内の国にも進出してるかもしれませんね。

 

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夜も深まり0時くらいだったでしょうか。

この時間にもう電車はないという事で、JRが車でホテルまで送ってくれました。

JR家族の自宅まで徒歩で移動。

この道もここも昔、一緒に歩いたよ、という事でしたが・・・・、私としたことがあまり覚えてない・・・。

変なことは覚えてるけど。全く!

18年前に住んでいたところの近くに引っ越したという事で、JR家族もまた引っ越していたのでした。

おしゃれなアパートで中庭にプール☆

ナイトプールなんてロマンチックだな~。

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M達は私に、僕たちは君のカタロニアの家族だよって言ってくれます。

本当にずっと前からそのように感じています。

M家族は私のカタロニアの家族。

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~私のエスコラニア~スペイン、カタルーニャに行ってきました☆Part17

その後、バタバタとしており続きが今となってしまいました。

 

サラールのコンサートの次の日、また昔のエスラニア団員友達Mと会うことになりました。

彼は本当に面倒見がよく、他の元団員Fにも連絡を取ってくれました。

FはMのエスラニア時代からの大親友で、私もよく連絡を取っている団員友達の一人。

Fは子供が2人いて、いつか自分の子供たちに会わせたいって言ってくれていました。

しかしその時Fはコロナ禍で久しぶりに仕事が再開したばかりでした。

ということで仕事が忙しくなり今回は結局Fには会えませんでした。

残念。でも今度はFやFの子供たちと会いたいな。

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昔、MやFとしょっちゅう行き来したモンセラートの階段。

 

サラールでのコンサートでの宿泊地はモンブランクでした。

帰りも行きと同じイケメン運転手に迎えに来てもらいました。

やっぱり爽やかイケメン。

しかも見た目、エスラニアの団員と間違うくらい若く見える。

たぶんPが私が彼といる姿を見かけたら、団員といると間違って駆けつけてくるんじゃないかな(笑)そんなことも考えた。

コンサートの後すぐに帰ってきたものの夜が遅かった。

しかし次の日は朝早くここを出たかったのでシャワーを済ませて、その後は「ドイツ入国表」をネットで記入。

 そして次の日、バルセロナでコロナテストを済まさなければなりません。

コロナ禍での移動は例えEU内であっても普段よりチェックが多く、余計なことに時間を割かれます。

ちなみに現在はドイツとスペイン間のコロナテストはドイツからスペインは必要だが、スペインからドイツは必要なくなりました。

そして「ドイツ入国表」も必要なくなりました。

しかしこれもいつまでか分かりません。

感染状況によって制限はいつでも変わりますから。

 

 

この日は土曜だったのでメディカルセンターは長くは開いていません。

ここでまたまたハチャメチャーヾ(。>﹏<。)ノ

電車で行ってもバスで行っても時間はそう変わらないし、どうせなら昨夜はコンサートで遅かったので、出来るだけ朝が遅いバスの方を選びました。

が、が、

バス時刻表をしっかり把握していなかった私。

乗るつもりだったバスは平日のみ・・・・、次の便は期間限定運行・・・、などなど後で分かりました。

カタロニア語のみの表記でよく理解できてなかった。

なんかいつまでたってもバス来ないな~って思って近くの人に聞いたらそういう事でした!

やばいぞ。コロナテスト受けるには他の行き方でも何としてでも14時までにはバルセロナに着いてなきゃ!

自分で正確に調べる自信がなくここでC夫婦の力をお借りすることに。

彼女によるとタラゴナから高速列車に乗るのが一番早い方法とか。

時間も調べてくれました。

とりあえずやっと来たバスに乗りタラゴナへ。

着いたところ、駅ではなく謎の場所。

タクシーを見つけたのでそれに飛び乗りました。

タラゴナの駅、2つあるけどどっち?

って私はタラゴナの駅、往路に着いた駅しか知らなくてそっちだと思って行ってみたら違うかった!

私が乗りたい高速列車のタラゴナの駅はもう一つの駅だった。

またそこまでタクシー。

何とか列車に間に合いました。

C夫婦はその後、私が予約してるメディカルセンターと連絡を取ってくれていたようで、そのメディカルセンター私が着く頃にもう閉めてしまうそう。

え~、なんで~。

で、他のメディカルセンターを紹介してくれたらしく一安心。

ちなみに高速列車、なかなかなものでした。

日本の新幹線とまではいかないものの走行スピードが速く、お客さんの層もお金持ちっぽい感じ。

バルセロナについて無事に紹介してくれたメディカルセンターでテストを受ける事が出来ました。

C夫婦に大大大感謝~!

結果は陰性。これも一安心。

で、先日泊まったスペイン広場近くの同じホテルにチェックイン。

M達とは彼の実家付近で会う事になっていたので、そこまでの時刻表をチェック。

 

 ホテルからサンツ駅まで歩き、そこから列車で海外沿いのMの実家の駅まで。

胸が高鳴ります。18年ぶりの地。

 

待ち合わせの駅に着くとMのお父さんんが待ってくれていました。

お父さんは英語が全くできません。

でもお互いジェスチャーでなんとなく理解(笑)

太陽と海のコンビネーションが眩しい!

海の色が違う!

やっぱり地中海!

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海岸にあるバーに着くと、そこにM、Mの弟J,そしてMのカナダ人の奥さん(実際にはビザの関係でまだ結婚できないので婚約者)が待っていました。

Mの奥さん初対面。化粧っけがほとんどないナチュラルな感じの人。

 

そこでMおススメのカクテルをみんなで飲みながら、Mの親戚JR家族を待ちました。

私がお腹空いてるのではとMはアンチョビとパンコントマテを注文してくれました。

本当によく気が利く。

ちなみにパンコントマテはパンにトマトをこすりつけるシンプルなカタルーニャー料理。

昔、M宅でもよく食べました。

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そうこうしているうちにJR家族がやって来ました。

18年ぶりに会います。

当時2歳だったMRはすっかり大人になって大学生。

そしてその後MRの妹Lができてお年頃の15歳。

みんなで私が持ってきた昔の写真を見ながら花が咲いたり、今のことで話が盛り上がりました。

地中海の風、本当に気持ちがいい。

気温はそこまで高くないが太陽の下は日差しが強く、海に入っている人もたくさんいました。

ビーチで焼いている人もたくさん。

その後、今度はMの家へみんなで移動することになりました。

 

 

~私のエスコラニア~スペイン、カタルーニャに行ってきました☆Part16

サラールでのコンサートが始まりました。

エスラニアが歌いながら後ろから登場してきました。

美しい♬

プログラムはコロナの関係で配られませんでした。残念。

次々に歌が披露されます。

が、Pのせいでしっかり集中できません。

どうしてもさっきのことを思い出してしまう。

せっかく来たのだから楽しまなきゃ。

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今日のコンサートはオルガン伴奏ではなくピアノ伴奏。

アベマリアの伴奏が始まりました。

やった~。

O君だ!!

今日は三角形の上ではなく下で歌っている。

今日も声の調子が良い!

素晴らしい!

はあ、3回もO君のソロを聞けた!

本当にこのタイミングで来てよかった~。

その後、カザルスの「鳥の歌」が演奏されて嬉しかった。

初めて生で聞く。

やっぱり「鳥の歌」はピアノ伴奏でないとしっくりこないのかな。

 

普段、ミサでは歌わないような少しポップなのも歌ってくれてコンサートに来た感♬

1時間ほどのコンサートでした。

あっという間に時間が過ぎちゃいました。

 

最後は「ビロライ」が歌われました。

そしてまたエスラニアは観客の間を通って退場していきます。

はあ、なんて綺麗なコンサートだったのでしょう。

 

本日6月27日、朝のミサでO君は少しソロがありました。

その後、O君や彼と同級生の団員はモンセラートで卒業式を迎えました。

昔は4年間だったけど、たぶん今は5年間になっているようです。

O君、目元をぬぐっていました。

5年間お疲れさまでした。

 

オンラインでこの様子を見た後、O君に

「おめでとう」

とメッセージしました。

その後すぐ、O君からハートマークが帰ってきました。

 

そして明日はバルセロナ世界遺産カタルーニャ音楽堂で最後のコンサートがあります。

そのコンサートでO君はソリストとしてソリスト席に座り、ハイドンのミサ曲をオーケストラと演奏します。

本当に最後の最後まで活躍して素晴らしいし、私もとても嬉しい。

 

O君、私の人生に彩を与えてくれてありがとう。