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ドイツの生活

~私のエスコラニア~ クリスマスのミサとコンサート

私のモンセラの元団員友達で、今もモンセラートで歌っている子がいます。ん、子?・・・子と言っても彼は30代ですが、出会った時の感覚です。ちなみに私も彼らに当時、ガールって言われてましたから。え、ガール?girl?今考えれば20代は全然ガールでしたね。

 

話がずれましたが、そう今もモンセラートで歌っているのです。でも男声のグループですよ。もちろん。月に数回。彼はOB委員会にも所属していてモンセラ(今後たまにエスラニアって言います)に今も貢献しているのです。

 

その彼から「クリスマスに歌うで~」と連絡がありました。当日、オンラインを見ると、あー、ほんまや。おるおる!こんな感じでした。

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一番後ろの段にいる黒いスーツの人たち、みんな元エスラニアです。あ、ちなみに指揮者の先生も元エスラニア。なんてパラダイスな世界。楽器演奏も加わって萌えの頂点。

さすが元エスラニア、素晴らしいハーモニーを聞かせてくれました。私の友達がいた時代は今よりもさらにレベルが上だったのです。

こちらがプチコンサートの動画


モンセラ修道院聖歌隊聖 クリスマスのプチコンサート Petit concert de Nadal de l'Escolania 24.12.20

 

日本では「モンセラ」の名で呼ばれていますが、私が「エスラニア」と呼ぶのは、現地では聖歌隊を「エスラニア」と呼ぶから。モンセラはこの山の名前です。モンセラート、モンセラットとも言います。

 

さて、夕方のミサとプチコンサートが終わって22時半からクリスマスのミサがありました。私はこのミサはてっきりすぐに終わるものだと思っていました。いったい何分あったと思いますか?

0時になっても終わらず、0時半にパンを切り始めたり、線香を振り始めたり全く終わる気配なし・・・。

なんと、3時間もあったんです!!ニューカレッジの夜中のキャロルどころではなかった説。

夜中の1時半までありました!びっくり!!3時間のミサなんて体験したことない!昔はこんな長いミサをクリスマスにしていなかったような。

さすがに途中で集中力が切れてきて上の空になりましたが、お気に入りの子がソロをとる体制に入って、途端に集中力が復活しました。声変わりしかけてると思ったけど、まだこんなに高い声が出るんだ、とその歌声が愛おしくなり涙が出そうになりました。

こんな時間でみんな眠くないんかな~、とみんなの顔を見ると、

少年たちはさすがに少し疲れてそうですが目がぱっちり。やっぱり若いですね。友達や他の元エスラニアも大丈夫そう。

修道士のお爺さんたちはというと・・・

目、閉めてる?立ったまま。座ってこっくりしてるお爺さんも。マジックで瞼に目を書きましょうか、と突っ込みたくなりました(笑)おじいさんといえば普通、早寝早起きですもんね。夜中の1時半はきついでしょう。1年に一度とは言え。

参拝者はダウンジャケットとか来てるけどエスラニアは寒くないのかなー、とか心配ちゃいました。あの黒と白の衣装を触ったことがあるのですが、ペラペラに見えて意外に生地が厚くしっかりしています。それでも冬は下に着こまないと寒いと思います。逆に夏は暑くないんかなー、と心配したりしちゃうのですが。

夜中の1時を過ぎて、クリスマス曲「神の御子は今宵しも」を何人かのエスラニアの演奏付きで歌われ、いつもはお昼に聞かせてくれる、黒いマリア様に捧げる賛歌「ビロライ」を夜中の1時半に聞かせてくれました。

1時半に終わって、その後しばらくモンセラートにいるその友達と連絡をしました。あんな山の上でも意外にネット環境がいいようで、すぐにオンラインになります。彼に出会った頃はまだインターネットが普及し始めたころなんですよね。

 

FBが普及し始めたのは10年くらい前でしたっけ?FBに登録したとたん、たくさんの元エスラニアの友達から次々に友達リクエストが来たのが懐かしいなー。わけのわからないまま始めたFB、初めのころは自分の友達がほぼエスラニアでした。

 

このクリスマス、コンサートやミサをオンラインで色々見る機会があり、ドイツや、またイギリスのクリスマスキャロルが好きでイギリス聖歌隊も色々見ましたが、結局一番印象に残ったのはエスラニアでした。いつもこのパターンです。色々聞くのが好きで色々見て、結局エスラニアに戻ってくる。でもそれでいいんです。私はエスラニアから離れられないんです。2000年の日本での出会いは、運命的な出会いだったと確信してます。

 

あ、馴れ初めを話してませんでしたね。2000年の淡路花博のため、神戸の姉妹都市バルセロナであるためエスラニアが選ばれて来日したのがきっかけです。早いもので彼らに出会ってから20年が経ちました。はじめて彼らの歌声を聞いたとき、体が凍り付くほど感動したのを今もよーく覚えています。全く乱れのない素晴らしいハーモニーでした。その響きは他の少年合唱団では聞いたことのない響きでした。  「完璧」でした。

兵庫県のみということもあり、モンセラの来日(ここでまたモンセラと言ってみる)を知らない合唱ファンが多かったようです。他の少年合唱団のコンサートで見かけるファンの姿はほとんどありませんでした。私の地元のファン友達と、私がモンセラの来日を知らせた九州のファン友さんたちが1日来たくらいでした。

団員はファンという存在に慣れていない感じで、私たちを見てとっても不思議そうにしていました。無表情でまるで宇宙人でも見るかのような目をしていました。近寄りがたかったです。ウィーン少年合唱団などの有名な合唱団の団員たちとは全く違う雰囲気を持っていました。それでも何度もコンサートに足を運ぶうちにだんだん打ち解けていきました。打ち解けると、なんてまあみんないい子たち。

その来日時、何人かの団員と知り合い、その後コンタクトが始まりました。

当時はまだメールが普及していなく、手紙のやり取り、そのうちメールのやり取りもするようになりました。

その歌声に心を奪われてしまった私は、その神秘的な山に住む彼らのところに行って聞いてみたいと切に思うようになり、次の年に初めてモンセラートに行きました。

マルクという団員が「僕も家族も大歓迎だから是非うちに来て!」と親切な声をかけてくれ、お世話になることになりました。その時マルクは最終学年になっていてもうすぐ卒業でした。そして譜面台を運ぶ仕事をしていました。

マルクの実家はバルセロナ近郊の海のある小さな町。海辺にある駅に電車で着くと、彼がプラットホームで待っていてくれました。地中海の雰囲気漂う町を歩いて彼のお家に着きました。家族の方ともご対面し、お母さんとお父さんと年の離れた弟がいて、まあ、なんて心優しい家族!

ちなみにバルセロナのあるカタルーニャ地方はスペイン語ではなくカタルーニャ語を話します。フランコ政権でカタルーニャ語を話すことを禁止されていた時期もありました。そんな歴史もあり、みんな愛国心がとても強いです。自分たちはスペイン人ではなくカタルーニャ人である、と誇りを持っています。

 次の日、マルクや家族と一緒に車でモンセラートに行きました。1時間ほどすると、だんだんのこぎり山が見えてきて、徐々に近づいていきます。車でどんどん山を登っていきます。その山は、「わ~、実際に見るほうが迫力がある~」、が第一印象でした。

その時に、マルクや家族と一緒にエスラニアの学校に入れてもらいました。その時、来日していた他の少年たちに再会したり、来日していなかったまだ小さかった子たちとも知り合いました。その影響でその2年後にもまた行きました。写真があると雰囲気をお伝えしやすいのですが、あの時代はまだ写真を現像していたのでほとんど日本に置いています。いくつか持ってきた写真でこんなのがあります。

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なんて素晴らしい写真でしょう。ボケまくり・・・。

これは祭壇の席に座った時に撮ったものです。こんな席に座れたのもエスラニアのお陰です。普通は、人でいっぱいの参拝者の席に座りますから。(写真右側が参拝者席)

普通に観光客として行ったのでは体験できなかったことをたくさん体験させてくれたエスラニア。本当に本当に感謝です。特にマルクに大感謝です。

食べ物も空気も大好き。みんな信じられないくらい親切で人も大好き、なカタルーニャ、となったのです。

タイトルを「私のエスラニア」とするのは図々しいのですが(笑)、私の中ではそんな感じなのです。日本で熱心になったのは私くらいでしたから。

 

 最近またモンセラ熱が復活したのはコロナがあったから。普通なら仕事に追われてるけど、コロナ禍で仕事が少なくなり、家にいることが多くなったため。

ふとエスラニアのことを思い出しネットをいじっていると、たまたまオンラインでミサが見れるページを発見したのです。それを見始めてから、昔のことを思い出し、久しぶりに強くモンセラ熱が復活した、という話し。

今までも彼らのことは忘れはしなかったのですが、30歳くらいから仕事や家庭に追われて、自分のことでいっぱいになっていました。そんな時もふと、エスラニアを思い出すことを繰り返していました。彼らも私も今まさにその年代。仕事をして、結婚して、子供が産まれたり。彼らのメールに返事をするのを忘れることもありました。なので彼らが私のメールに返事が遅れたりするのを気にしません。当たり前。みんな現在にいっぱいなのをよく知ってますから。でもつながっている。ありがたいことです。このコロナが終わったら、私もまた仕事に復帰して、毎日の生活に追われる日が戻ってきます。将来のことも考えなくてはいけません。そうしたらこのようにブログに思い出を書く時間も無くなるのかな。特に私は一度にたくさんのことに集中できない性質だし。でもそれは流れに任せましょう。